たーの徒然

試行錯誤してます……

死にたいと思ったら、頼むからよしもとばななを読んでくれ。

タイトルはけっこう矛盾している。死にたいと思ったときは、大抵、紙の本が読めないから。だから、この場合、死にたいという思いが攻撃的な方向に向いている状態の「死にたい」の人に。(なんかいろいろ矛盾してんなぁ…笑)

 

よしもとさんの書く小説の主人公は大体何かしら欠損を抱えている、と私は思う。

全部読んだわけじゃないから、そうじゃない主人公もいるのかもしれないけど、その欠損の部分に私は自分を重ねている。気づかないうちに。

そして、物語のベースは常に穏やかで、安心して読んでいられる。

私が好きなのは、とかげ。

とかげ (新潮文庫)

とかげ (新潮文庫)

 

短いから、すぐ読めるよ。

登場人物が抱えているものは大きすぎるのに、それが全然激しさを出さず、静かに流れていく。

 

人間は完璧じゃないなんて、そんな使い古された言葉をもってこられても、疲弊した精神には何の役にも立たなくて、そんな時には、違う世界に行ってしまえばいいと思う。もちろんそれは、天国とか地獄とか死後の世界って意味じゃなくて、物語の世界へって意味で。物語を読んでいるときは、その時間、私は「現実世界」には存在しない。哲学でもなんでもなく、これは事実だと思う。

昔は、ケの日、ハレの日で、お祭り騒ぎの無礼講が容認されてて、現実世界を区切る習慣があったらしいけど、今の時代はそれが許される雰囲気じゃなくなっちゃったし、ある意味、今の時代はずーーーーーっとハレの日。特に田舎から出てきて都内で一人暮らしする私にはそう感じる。そんなのずっとやってたら、そりゃ疲弊して、死にたくもなるわなあ、と勝手に思うのだ。私は、小説を読んだり、映画を見ることで日常から離れる。私は、ケの日に入るためと思って、物語の世界に入るのだが、それはハレの日を超えた次元の話しなのかも。超ハレの日?そんなテンション高い人みたいな表現やだなぁ(笑)

 

自覚あると思うけど、疲れてるんだよ。休みな。

とか言っても、伝わらないんだろうな…っていう悲しみをいつも抱えながら今日も生きてる。