たーの徒然

試行錯誤してます……

自分を偽善者だと思うことはもうやめにした。

夏に、地元の友達と会うことにした。

 

中学を卒業して以来だ。それでも、彼女とは手紙(このご時世で物理的な手紙とは!)でやり取りをしていたから、今はあまり心の隔たりは感じていない。最近、メールでやり取りできて増々、喋りまくっている。

 

私は、少し前まで、彼女に対して負い目があった。

 

私は、偽善者なんじゃないかと自分を責めていた。

 

彼女は難病を抱えて生きている。

 

彼女は幼いころから病と闘っている。薬の副作用で身長が極端に低く、両ほほはいつも赤くむくんでいた。「副作用で骨がもろいから、走り回るな」という御触れがしょっちゅう出てた。教師も、生徒もみな、腫物に触るような扱いだったように感じる。

私は、比較的誰とでも話す児童・生徒だった。スクールカーストとかよくわかっていない能天気不思議ちゃんポジションにいたし、周りにはいつも友達がいた。彼女ともよく話してたし、運動苦手だったから昼休みとか、教室にいる彼女に折り紙教えてもらったりしてた。

相対的に彼女と接する時間は、他の人より長かった。ただそれだけがきっかけだと思う。

私は、小・中学生の頃は、いい子ちゃんだったし、成績も中の上、それに誰とでも話すし、面倒見がいいと来れば、先生から頼まれごとをされることも多かった。

当然、こまごました彼女の面倒、みたいなものもあった。通院で欠席した日のプリントをまとめておくとか、(持っていくとかいう大げさなことは頼まれなかったし、やらなかった)、授業がどこまで進んだか伝えるとか、そういう本当にこまごましたこと。そのころの私は、それらをすることに対してめんどくささとか、あんまり感じてなかった(と思う。そういう記憶があまりない。)友達だし、まあ、伝えとくのふつうじゃね?って思ってた。

 

でも、高校に入ると、この記憶が罪悪感に変わっていった。

彼女は特別支援の高校へ進み、私は公立の普通科高校へと進学。それぞれ違う道に進んだ。当然といえば当然。それでもお互いの誕生日になると手紙を書いた。それを贈る度、私は本当に彼女と友達なのか自問自答した。

私は彼女を助けることで優越感に浸っていたんじゃないか?先生からの信頼も得られていいポジションだとほくそ笑んでいたんじゃないか?彼女に感謝の言葉をもらえることわかっていて、それを得るためにやっていたんじゃないか…???

私は、偽善者?

 

(その後高校に入ってカクカクシカジカ(めんどくさいので以下略)があり、精神を病みがち、一浪して大学受験失敗し、挫折を経験し、全くの志望校じゃないが妥当校(笑)に進学。病まなければ、割と幸せな基本ぼっち生活を送れるようになる。)

 

そして、最近、彼女の誕生日があった。結局、物理的なバースデイカードを贈る。(フライングするというミスを犯すwww)

 

夏休みに会いたいなーと書いていた。

自然に書いてた。

偽善でもなんでもなく、本心とかでもなんでもなく、彼女があんまり動けないとか考慮するとかなく(´・ω・`)オイ。

 

そしたら、会いたいって言ってくれた。

今、足腰が術後であまり動けないらしいのに、私が家に行ってもいいよーとか伝えても、近くのファミレスでどう?って提案してくれた。

 

お願いがあるんだけど、手の関節を痛めるとドクターストップがかかるから店内で車椅子押してほしいんだけどいいかな?迷惑かけてごめんね。

 

ってメール来たとき、はい?何が迷惑じゃボケぇ

と思った自分がいた。

 

あ、私、彼女の友達だったわ。何4年間悩んでたんだろ。

 

ってふつーに思った。

 

損得勘定とかなしに彼女と会いたいと思った。

それに気づけたことで、

なんだ、このものすごい解放感は。

 

自分で、「自分は偽善者だ」と責めるのはもうやめようと思った。無意味だ。

 

偽善者ってたぶん他人に向けて発せられる評価であって自分に対しての評価の言葉じゃない。

 

自分に自信が少し持てて、なんかしあわせだ。

 

さて、彼女のへお土産は何にしようか?